社員日記

ラクラスの明日を担うスタッフの奮闘記。私たちは、こんなふうに考え、行動しています。

江戸噺・その1

2010年 9月 2日

残暑お見舞い申し上げます。
暦の上ではとっくに立秋を過ぎてますが、なんという暑さでしょうか・・・。
アドミンの白秋です。
1年に四季があるように、人間の人生も四季がありますよね。
青春⇒朱夏⇒白秋⇒玄冬
若かりし頃の青春(青い春)を経て、人は朱夏(燃えるような夏)を向かえ人生の頂点に立つ・・。
その朱夏を過ぎしときから人は白秋(色なき秋)を迎え、少しずつ後退を始める・・・。
やがて玄冬(黒い冬)となり、人生を終える・・・・。
まずい、まずい、なんか暗くなっちゃいますよね。白秋を自認している私としては・・・。

さて、ここでひとつ江戸噺。
朱夏」ならぬ『朱引』ってご存知ですか?
実は今『江戸』には少々はまっており、その時代の生活・文化等、とある小説を通して興味を持ち少しずつ情報収集してます。
朱引』って、読んで字の如く当時の地図に朱色の線を引いて「ここから中が江戸だぞ~」って、まあ境界線みたいなものが江戸時代にはあったそうな。俗に言う江戸っ子とは、その朱引内で生まれ育った人のことなんだそうで、今よりもかなり狭いエリアの人のみ『てやんで~!こちとら江戸っ子だい!飯(寿司)喰いね~!! 』って言えたんですね。
朱引内の範囲(ここを大江戸と言っていたそうな⇒だから大江戸線なんだ~! )は、お城から『四里四方』といわれ、東は「平井」「亀戸」周辺、西は「代々木」「角筈(つのはず/今はない地名ですが、歌舞伎町辺りのこと)」周辺、南は「品川」周辺、北は「千住」「板橋」周辺で、現在でいうと千代田、中央、港、文京(ラクラスは江戸)、台東が大江戸内。
境界線は、江東、墨田、荒川、北、豊島、板橋、渋谷、新宿辺りで、よく言う「江戸四宿(えどししゅく)」とは、江戸を離れる際に通過する五街道筋に栄えた宿場「品川(東海道)」「内藤新宿(甲州街道)」「板橋(中山道)」「千住(奥州街道、日光街道)」のことで、飯屋やら、遊郭やらでにぎわっていたようです。
朱引外ところ払い』って言うのがあり、罪を犯したものが朱引の中に入ることを禁じてしまうという江戸っ子からすると悲しい罰則もあったようです。
お江戸日本橋、七つ立ち・・・という古くからの歌がありますが、この歌詞の「七つ立ち」って午前7時じゃなくって今で言うと午前4時ごろのことだそうです。昔の人は旅をするのも、早起きだったんですね・・・。まあ、徒歩での旅が普通なんで、そのぐらいに出発しないと次の宿場までに昼前に着かないとか、結構計算されていたようです。
書けば書くほどきりがありませんので・・・おあとが宜しいようで。
機会があれば、次回は「江戸の時(とき)」をお伝えできればと思います。
 

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