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KITAHARA COLUMN キタハラコラム

Vol.002 アウトソーサを選ぶにはビジネスモデルを検証せよラクラスニュースレター

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1. インソース人材がいなくなる

1990年代初頭のバブル崩壊をもって日本の高度成長期は終焉を迎えた。企業は持てる経営資源を「稼ぐ部門」に投入し、その結果、利益を生まない間接部門への人材配置は減り続けた。そして西暦2025年、バブル崩壊からの35年間、給与・福利厚生業務を支えてきたベテラン達が定年に達し始める。あとを誰に継がせるのか。これが「人事の2025年問題」である。

情報システム部門も同様の困難に直面している。2000年代に入り、企業は従来のスクラッチ開発に代えて人事ERPの導入を開始した。しかし今や企業にとって、人事ERPの管理・保守にかかる費用は受け入れがたいレベルに膨らんでいる。多くの企業は、エンジニアという希少な経営資源を、人事給与という社内システムに充当するのではなく、利益に貢献する業務システムに差し向けたいと考え始めている。

2015年からの10年間で日本の総人口は455万人減少、生産年齢人口は558万人減少する【図1】。社内の人材(インソース人材)をもって後を継がせようにも、間接部門に配置する人材は社内にいない。2025年問題解決のためには、「インソース人材を消費しない解決策」を選ぶしかない。

【図1】日本の将来推計人口(国立社会保障・人口問題研究所)

2. 企業に与えられた選択肢

「インソース人材を消費しない解決策」という観点から、「情報システム部門の選択肢」と「人事部門の選択肢」を検討する。【図2】をご覧いただきたい。色が濃いほど多くのインソース人材を消費する。

【図2】企業に与えられた選択肢(色が濃いほどインソース人材を消費)

情報システム部門においては、ハード、ソフト、およびそれらを設置する施設を自社で保有するのか、データセンターやクラウドを利用するのかによって、インソース人材の消費量は変化する。自社で保有すれば消費量は増大するし、外部を利用すれば減少する。

「出退勤打刻や給与明細の配布業務をクラウドに切り替えたら社内工数が減少した」という話をよく聞く。しかし、クラウドを利用したところで、自社の給与・就業規程に合わせてパラメータを設定し、ユーザマスターを更新するといった作業はなくならない。正しく動作するようにクラウドを設定し運用する責任は企業に残るのである。
インソース人材の消費をゼロに近づけたいのであれば、データ入力→保管→処理→確認→出力という一連の処理を行う人事システムを、それを設定・運用する責任とともに一括して引き受けるITO(IT Outsourcing)が選択肢になる。さらに、人事システム管理に加えて業務プロセス処理まで提供するBPO(Business Process Outsourcing)を選択すれば、エンジニアの消費は限りなくゼロに近づく。

次に人事部門の選択肢を見てみよう。出退勤打刻や給与明細配布にはクラウド、給与計算にはアウトソーシング、社会保険の届出は社労士というように、業務プロセスの一部だけを代行するサービスは数多く存在する。しかしこれらのサービスをすべて使ったところで、インソース人材が減ることはない。
最大の理由は、給与計算に必要な情報を期日までに抜け漏れなく収集する責任が、企業に残ってしまっていることである。従業員からの変動情報と勤怠情報、および企業が決定した人事情報を収集し確定し、定められたワークシートに入力するという業務はなくならない。勤怠情報をクラウドで収集したところで、そこからデータを取り出し、確認し、給与計算アウトソーサに渡す役割をこなすインソース人材は減らないのだ。

何よりも重要な問題は、「結果を保証する責任」が企業の側にそのまま残されていることである。各ベンダーの責任は、委託された業務の範囲だけだ。複数のサービスを組み合わせ全体として機能させる責任は変わることなく企業の側にある。いざエラーが発生すれば、インソース人材がベンダーの間を走り回って問題を解決するしかない。
給与計算結果に対する責任を一元的に引き受けるサービスでない限り、インソース人材の消費はなくならない。それができるのはBPOサービスだけである。人事システムと業務プロセスを一括して提供するBPOサービスは、2025年問題の解決策として有効な、そしておそらく唯一の選択肢である。
となれば、次の設問は「アウトソーサの選定基準は何か」である。本稿は、BPOサービスのアウトソーサを選択する上で、「ビジネスモデルの検証」こそが最も重要であることを説明する。

3. 利益を生むビジネスモデルをもっているか

これまで企業は、給与・福利厚生業務の一部を代行するアウトソーサを選ぶとき、機能要件を列挙してそこに「Yes/No」を記入させることで、サービスの優劣を評価してきた。BPOサービスを選ぶときにも、アウトソーサが提供する機能要件に欠落がないかどうかを確認しておく必要がある。社内に業務を残さないために、機能の網羅性の確認は今後とも欠かせない。
しかし、給与・福利厚生業務の一部を代行するサービスを選ぶことと、BPOサービスを選ぶこととの間には、本質的な違いがある。企業がBPOサービスに期待するのは、「結果を保証する責任を含めてアウトソーサに委託できる」ことだ。これまで給与・福利厚生部門が遂行してきた業務プロセスを一括して引き渡すことができ、さらに結果に対する責任まで一元的に委託できてはじめて、企業はインソース人材を削減できるのである。
したがって、これまでのようにアウトソーサが記入した機能要件の「Yes/No」を鵜呑みにするだけでは、検証作業として不十分である。アウトソーサが「Yes」と回答したならば、彼らがその機能をどのような方法で実現するのかを、背後にあるビジネスモデルまで含めて理解し検証することが、企業には求められる。

アウトソーサのビジネスモデルが、彼らが提示する機能と料金を将来にわたり担保できるものでなければ、そのサービスはいずれ継続できなくなる。サービスの打ち切りや値上げの申し入れといった事態も発生しかねない。インソース人材を削減した企業は、代替手段をもたないまま交渉に臨まざるを得なくなる。
打ち切りや値上げには至らないにしても、ビジネスモデルが利益を生めるものでなければ、法改正への対応あるいはサービスレベルの向上に向けての適切な投資は期待できなくなる。したがって、BPOサービスの選定に当たって企業が検証すべきは、「アウトソーサのビジネスモデルが利益を生むかどうか」である。

ビジネスモデルの検証は人事部門にとっては馴染みのない作業かもしれない。しかし企業活動一般においてはなんら特別なものではない。事業提携先や投資先を選ぶとき、企業は相手のビジネスモデルの理解と検証を行う。そしてビジネスパートナーとして共に成長できるかを分析する。
BPOサービスのアウトソーサを選ぶのも同じである。人事部は、利益を生み共に成長するビジネスモデルを、アウトソーサがもっているかどうかを検証しなければならない。利益を生むアウトソーサは、企業になり代わって将来への投資を行うことができる。

4. アウトソーサの利益源泉

アウトソーサのビジネスモデルを理解するために、彼らの利益源泉について解説しておこう。アウトソーサには3つの利益源泉がある。

  • ベストナレッジ(best knowledge)
  • 安価な労働力の仲介(labor arbitrage)
  • 規模の経済(economy of scale)

1.の「ベストナレッジ」とは、その業務に関する技術や経験の積み重ねの優位性を、利益源泉とするものである。アウトソーサは、彼らが事業ドメインとする特定の分野に関して、企業よりも多くの経験を積んでいる。その経験から生まれたノウハウに料金を支払うだけの価値があると企業が判断すれば、それはベストナレッジという利益源泉になる。

2.の「安価な労働力の仲介」とは、企業から委託された業務を、アウトソーサが雇用した安価な労働力を使って代行することで、その差分を利益とするビジネスモデルである。企業にしてみれば、自社では雇用できない安価な労働力を、間接的に使えることになる。

アウトソーサの最強の利益源泉は、
3.の「規模の経済」である。規模の経済とは、「処理量の増加に伴いその処理を行うために必要な資源の増分が減少していく収益モデル(規模の増大に伴い平均コストが減少する収益モデル)」である。

規模の経済は、ITと強い親和性をもっている。というよりも、事務処理分野におけるコンピュータの最大の貢献は、規模の経済を引き出したことにある。給与計算を含む人事情報処理において、ITを活用できるアウトソーサは、大きな規模の経済を手に入れることができる。
逆に、人手に頼って作業代行するだけのアウトソーサは、規模の経済を得ることができない。100人分のデータ入力に1時間かかるのであれば、1,000人分の入力には10時間かかる。1本の電話に1人のオペレータが対応するのであれば、10本の電話には10人のオペレータが必要である。
手作業による代行においてコストを削減する手法は、アダム・スミスのいう「分業」、ボストンコンサルティンググループのいう「ラーニング・カーブ」、そして地域格差による「安価な労働力の仲介」だけである。これらの手法から生まれる利益をいくらかき集めたところで、ITによる規模の経済に勝つことはできない。【図3】に規模の経済の考え方を示す。

【図3】規模の経済

5. 規模の経済を実現するアウトソーサを選べ

経営戦略論の大御所リチャード・P・ルメルトは、「戦略を考えるとき常に重視されるのは規模の経済である」と述べている※。ビジネスモデルの検証とは、結局のところ「規模の経済を獲得しているかどうかを検証する作業」なのだ。

情報処理分野における規模の経済の検証とは、「処理に人手を使っているのか、コンピュータを使っているのかを確認する作業」と言い換えることができる。これはアウトソーサを業務代行業と考えている企業にとっては意外な結論かもしれない。そうではない。アウトソーサに必要なのは、実にテクノロジーなのだ。
具体例で説明しよう。たとえば、従業員が提出してくる各種申請を紙からシステムへ手作業で入力する作業に規模の経済は効かない。処理すべき量に対して必要な資源の量は正比例して増加する。しかし、従業員がシステムに直接、各種申請を入力できるのであれば、必要な資源の量は増加しない。サーバが24時間動き続けるだけである。
人事情報処理において手作業に頼る業務は他にも数多い。たとえばこれまで社会保険の届出業務は、もっぱら紙書類が用いられていた。印字し押印し郵送するという手作業を延々と繰り返していたのである。政府が推進するe-Gov電子申請の仕組みは、この作業を一変させた。複数の申請を一括してアップロードできるようになったことで、規模の経済が効き始めたのである。企業は、アウトソーサがどれだけ幅広い業務において、手作業を廃してコンピュータに代替させているかを確認することで、彼らのビジネスモデルを検証できる。

規模の経済を実現すれば、利益を生むことができる。利益なくして財務の安定はなく、財務の安定なくしてサービスの継続も将来への投資も不可能である。人口減少社会において人材採用が難しくなるのはアウトソーサとて同じである。安価な労働力を見つけ出すのは益々困難になっていく。いまアウトソーサには、積極的なテクノロジー投資により手作業を削減し、処理の自動化へと進むことが求められている。
※リチャード・P・ルメルト「良い戦略、悪い戦略」369頁、日本経済新聞出版社2013年