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KITAHARA COLUMN キタハラコラム

第2回 アウトソーサの利益源泉キタハラコラム

Best Practice(ベスト・プラクティス)

アメリカの著名なコンサルタントであるジェフリー・ムーア氏は、「コア業務はインソースを、コンテクスト業務(非コア業務)はアウトソースを利用しなさい」とその著書の中で述べています。しかし彼は、アウトソーサを選ぶ基準にまでは言及していません。そこで本コラムでは、まことに僭越ではありますが、ジェフリー・ムーア氏に成り代わり「アウトソーサを見分ける基準」をお教えいたします。

アウトソーサを見分ける基準はいくつかあります。中でも最大のものは、そのアウトソーサのビジネスモデルの中に、「利益を生む仕組みが組み込まれているかを確認する」ということです。この先、利益を生む仕組みのことを「利益源泉」と呼ぶことにします。
十分な利益源泉が組み込まれているのであれば、それは安い価格または卓越したサービスという形で、ユーザに還元されてくるはずです。逆に利益源泉をもっていなければ、魅力的な価格やサービスが営業段階で提示されたとしても、それを長続きさせることはできません。いずれ撤退や値上げという形でユーザにはね返ってきます。
プレゼンテーション資料に示された価格とサービスを鵜呑みにするだけでは、正しい判断はできません。その価格とサービスを実現する裏づけとなる利益源泉は何なのかを確認することは、アウトソーサを見分ける上ではとても重要です。

さて、ユーザに成り代わりユーザの業務を代行する「アウトソーシング」というビジネスモデルにおける利益源泉はたったの3つしかありません。いかなるアウトソーサも、3つの利益源泉のいずれか、あるいはこれらを組み合わせることによって、利益を生む仕組みを作り上げようとします。

アウトソーサの利益源泉は次の3つです。

  • Best Practice(ベスト・プラクティス)
  • Labor Arbitrage(安い労働力)
  • Economy of Scale(規模の経済性)

これらの中で最強の利益源泉は3番の「規模の経済性」です。そして規模の経済性を実現する最強の手段は「ITの活用」です。つまり、「ITを活用して規模の経済性を獲得する仕組み」が、最強の利益を生む仕組みということになります。しかし、そのような結論に一気に飛びつく前に、1番目の「ベスト・プラクティス」と、2番目の「安い労働力」から説明していきましょう。

ベスト・プラクティスとは、その業務に関する技術や経験の積み重ねの差を、利益源泉とするものです。アウトソーサは、彼らが事業ドメインと考える特定の分野に関しては、ユーザよりもはるかに多くの経験を積み、特別な強みを生み出しています。
ユーザにとっては数年に1回しか発生しない業務であっても、アウトソーサにとっては何百回となく経験している業務かもしれません。アウトソーサがその経験を通じて蓄積した特別な強みと、ユーザが自社で試行錯誤しながら作り上げる工数や品質との差が、料金を支払ってもよいと思わせるほど大きいものであれば、それがベスト・プラクティスという利益源泉となります。

わかりやすい実例は、コンサルティング業務でしょう。コンサルティング会社は、それぞれの得意分野において、一般の企業よりも多くの経験を積んでいます。そしてそれらの経験を個別の実例にとどめることなく、その中から成功するためのエッセンスを抽出し、コンサルティング会社独自の方法論として純化し、それを新たなユーザに応用していきます。これがコンサルティング会社の利益源泉であるところのベスト・プラクティスです。
強みとは「技術力」である必要はありません。効率的なビジネスプロセス、非正規社員の活用、オフショアの利用なども特別な強みになります。すべからくアウトソーサは、自社ならではのベスト・プラクティスを活用して、ビジネスモデルを作り上げているのです。

Labor Arbitrage(安価な労働力)

Arbitrageは「仲介」を意味する英単語です。つまり、アウトソーサの二番目の利益源泉であるLabor Arbitrageは、「安価な労働力の仲介」を意味します。

Labor Arbitrageを最もイメージしやすいのは、中国大連でのオフショア・アウトソーシングでしょう。07年9月に放映されたNHKスペシャル「人事も経理も中国へ」をご覧になった方はおられますか。中国の安い労働力に日本の職が奪われていくという現状が、やや極端な形ではありますが、レポートされていました。
オフショア・アウトソーシングは、業務を移管する段階で多額の初期費用が発生します。しかしそれ以降の運営費用は、日本の数分の一という安い中国の労働力によって、大幅に削減されます。大きなロットがまとまれば、顧客企業とアウトソーサは、Labor Arbitrage による利益源泉を分け合うことができるようになります。

オフショア・アウトソーシング実現の背景には、「通信費の劇的な下落」という社会インフラの大変化があることを、理解する必要があるでしょう。通信費の劇的な下落により、デジタルデータに関する限り、物理的な距離はもはや問題にはなりません。物理的な距離の消滅は、「atom(アトム。原子すなわち物体)からbit(ビット。すなわちデジタルデータ)へ」と変貌する世界の特徴の一つです。
日本語という言語の壁があるために、日本企業がこれまで採用してきたオフショア・アウトソーシングの事例はごく限られてきました。しかし米国企業ははるか昔から、英語圏諸国へのオフショア・アウトソーシングを活発に進めてきました。安い労働力を求めての活動は、今後とも続いていくでしょう。
オフショアの活用を強みとしているアウトソーサは、海外の安い労働力の利用というLabor Arbitrageと、その労働力を他社よりも上手に利用するというベスト・プラクティスを組み合わせて、企業の利益源泉としているのです。

オフショアばかりではありません。沖縄や仙台にコールセンターを設置するというのも、Labor Arbitrage戦略の一つです。東京にオフィスを置けば、高い地代、高い報酬レベル、困難な採用、低い定着率などに経営者は悩み続けることになります。地方にコールセンターをおけば、地代や賃金レベルは低く、定着率は高く、東京よりも質のよい人材が雇用できる可能性があります。ビットの世界の代表格であるコールセンターを大都市に置く理由は何もありません。
コールセンターもまた、安い労働力の利用と、顧客からのコールをいかに効率的に処理するかに関するベスト・プラクティスを利益源泉にしています。 顧客からのコールを効率的に処理するためには最新技術の導入が不可欠です。しかしそれ以上に、コール数の増減に合わせた人員配置、一つのコールを短縮するためのトーク、顧客からの質問への回答をすばやく見つけ出すための検索方法、あるいは社員のトレーニング方法などの業務プロセスの中に、各社ごとのベスト・プラクティスが隠されています。

国別や地方別の賃金格差を利用するケースだけではありません。Labor Arbitrageは、大都市内でも成立します。例えば、サーバを安定稼動させるために24時間監視するという業務です。自社で監視要員を雇うとすれば、24時間連続して稼動させるためには、最低でも3人のエンジニアが必要です(3人だけでは休暇もとれませんし、トイレにも行けませんが、細かい話はさておいて)。
企業が3人を雇用する人件費と、サーバの運営・管理を本業とするインターネット・データセンター(IDC)にその業務を委託する費用とを比較すると、IDCに委託した方が圧倒的に安いことがわかります。何故ならIDCは、サーバの運営・管理に関するベスト・プラクティスと、一人のエンジニアが複数の企業のサーバを管理することで、人件費を相対的に安くするLabor Arbitrageの仕組みを作り上げているからです。

ベスト・プラクティスとLabor Arbitrageという二つの仕組みは、アウトソーシングというビジネスモデルを支える重要な利益源泉であることを、おわかりいただけたと思います。しかし、これら二つの利益源泉にだけ頼るビジネスモデルは、いずれも潜在的に大きなリスクを抱え込んでいます。

ベスト・プラクティスを基礎に据えたビジネスモデルは、「ベスト・プラクティスなるものが属人的なものになりやすい」というリスクを内在させています。そのコンサルティング会社が、どれほど素晴らしい方法論を持っているように見えても、その方法論が個人に帰属しているのであれば、企業としての利益源泉は極めて限定されたものになります。
そもそも個人に従属しやすいベスト・プラクティスなるものを、企業として吸い上げ、エッセンスを抽出して純化し汎化し、企業全体にいきわたらせているかどうかを確認することが、アウトソーサを評価する際には重要です。

Labor Arbitrageを強調するアウトソーサに対しては、彼らの仕組みが単に、「あなたより私の方が安い労働者を雇える」というだけのビジネスモデルになっていないかどうかを確認する必要があります。国別、地域別の賃金格差とは、その企業独自の強みではなく、どの企業も享受できる社会構造によるものであるからです。
ある企業がそのような賃金格差を利益源泉とすれば、いずれは他社も追随してきます。先行者利益はあるかもしれませんが、それは永続するものではなく、また企業努力で解決するものでもありません。大連でのオフショアにしても、国別の格差だけを利用している限り、いずれその差は詰まってきます。企業間で人材の引き抜きが始まれば、定着率は下がり、採用は難しくなり、総額人件費は徐々に上昇を始めます。

Labor Arbitrageを利益源泉としているアウトソーサを評価する際には、社会構造としての賃金格差に頼るのではなく、総額人件費を押さえ込む独自の仕組みを開発しているかどうかを確認する必要があります。

Economy of Scale(規模の経済性)

アウトソーサの利益源泉のうち、なんといっても最強のものは、Economy of Scale(規模の経済性)です。

ベスト・プラクティスには、「属人的なものになりやすい」という制限がどうしてもかかってきてしまいます。個人の知識や経験を組織のベスト・プラクティスに昇華させる作業も、組織のベスト・プラクティスを個人のスキルに落とし込む作業も、どちらも容易ではありません。 そこには避けがたく、個人の才覚というものが関与してきます。ベスト・プラクティスを利益源泉とするコンサルティング会社を選ぶとき、皆さんは何を基準にするでしょう。コンサルティング会社というよりは、コンサルタント個人という方も多いのではないでしょうか。ベスト・プラクティスという利益源泉には、それがうまく機能してくれる「規模の上限」があるように思えます。 今後ますます労働力は流動化し、「キャリアプランに責任を持つのは個人」という発想が浸透してきます。そうなると個人は、むしろベスト・プラクティスを自分の中に抱え込むようになるはずです。米国のように、ベスト・プラクティスを巡って企業と個人がせめぎ合う時代が、日本でも近づいていることを、ここで指摘しておきたいと思います。

次のLabor Arbitrageには、「社会構造を利用したものになりやすい」という制限がかかっているように思えます。社会構造を利用している以上、それが有効であるとわかれば、遅かれ早かれ他社が参入してきます。社会構造を利用したものではなく、自社なりのLabor Arbitrageの強みを作り上げられればよいのですが、これはそれほど簡単な作業ではありません。
下手をすると「自社の社員の給与はお客様の社員の給与よりも安い」ことをウリにすることになってしまいます。そのような戦略は、長続きする利益源泉にはなりえません。

規模の経済性とは、処理量の増加に伴い、その処理を行うために必要な資源の増分が、減少していく状況を指します。規模が大きくなるほど、平均コストが減少する状況と言い換えることもできます。規模の経済性が機能する範囲やインパクトの大きさは、ベスト・プラクティスやLabor Arbitrageをはるかにしのぎます。「規模の経済性こそがアウトソーサの最大の利益源泉」といって過言ではありません。

規模の経済性とは、個人の才覚に頼るものではなく、企業の中に組み込むことができる仕組みです。ベスト・プラクティスのように比較的早い段階で上限を迎えるものではなく、むしろ規模が大きいほど、規模の経済性は発揮されます。工場の生産ラインを想像すれば、おわかりいただけるでしょう。 規模の経済性はまた、社会構造に根ざしたものではなく、企業独自の仕組みとして成立するものです。同じ規模の生産ラインをもっていても、その利用の仕方で、規模の経済性は大きく違ってきます。一つの仕組みから、できる限り大きな生産量を引き出せるように、アウトソーサは知恵を絞り続けます。

そしてもう一つ、規模の経済性は、情報技術(Information Technology : IT)と強い親和性をもっています。というよりも、事務処理分野における情報技術の最大の貢献は、規模の経済性を引き出したことにあるのです。
人手に頼っていては、規模の経済性はほとんど働きません。人手に頼る限り、規模が大きくなるに連れて1単位の業務を処理するのに必要な資源が逓減していくことはありません。1単位の業務を処理するのに必要な資源の増分は常に1単位です。処理量が10倍になれば、必要な人手は10倍になります。 情報技術を活用すればこの状況は一転します。新たに追加された1単位の業務を処理するのに必要な資源の増分は、規模の拡大に伴って減少していきます。処理量が10倍になったところで、コンピュータの処理時間は2倍程度にしかなりません。ITをうまく利用すれば、アウトソーサの利益源泉は大きなものになってきます。

ITによる規模の経済性の獲得

事務処理分野の業務効率化に対する情報技術の最大の貢献は、規模の経済性の獲得にあります。企業はITを活用することで、「処理量が増大すると平均処理コストが削減される仕組み」を作り上げることができるようになりました。給与計算を例に挙げて、もう少し詳しく説明してみましょう。

まず、ソロバンを使って給与計算を行うケースを想像してみてください。100人分の給与計算に5時間かかると仮定すると、1,000人分の給与計算には50時間かかります。ここでは規模の経済性は働きません。ソロバンを使っている限り、処理量が増えても平均処理コストは下落しません。

処理量が10倍になれば、その処理に必要な時間も10倍に増えます。熟練や分業(これはベスト・プラクティスの応用例です)による効率化は期待できますが、それはせいぜい10~20%程度というところでしょう。

次に、給与計算にコンピュータを使うケースを想像してみてください。コンピュータの場合、1,000人分の給与計算に5分かかったとしても、それは10,000人分の給与計算に50分必要になることを意味しません。処理量が10倍になったところで、その処理に必要な時間はせいぜい2~3倍に増えるだけです。これは、平均処理コストが70~80%下落することを意味します。熟練や分業に比べて、その効果ははるかに大きいことがおわかりいただけると思います。

次にもう少し議論を深め、ITの利用により規模の経済性が発動する条件を考えてみましょう。この議論はいずれ、「SaaS (Software as a Service) においてなぜマルチテナントが重要視されているのか」、といった議論にも繋がってきます。

給与計算のように、あらかじめ定められた判定式や計算式にしたがって一度に処理を行う方法を「バッチ処理」といいます。バッチ処理は、一度設定されると、人間の手を煩わせることなく動作するという特徴をもっています。1,000人分であろうと10,000人分であろうと、設定する作業が同じだとすれば、人間が関与しない分だけ規模の経済性が働きます。

しかし、近年のコンピュータの性能の急速な向上は、事務処理分野におけるバッチ処理による効率化効果を、既に限界近くにまで押し上げてしまったように感じます。

例えば、当社が利用している給与計算ソフトは、100,000人分の給与計算を10分あまりで完了する力をもっています。以前100分かかっていた処理が10分に短縮されたときは大変感動したものです。

100分のときは、やり直しをしなくて済むよう、バッチ処理を開始する前に入念なチェックを繰り返しました。しかしそれが10分に短縮されると、トライ・アンド・エラーが可能になります。悩むより前に、まずはバッチ処理を回して確認し、必要に応じて修正を加えていくようになりました。業務の進め方が質的に変わった気がしたものです。

これから先、処理速度がさらに10倍になって、処理時間が1分に短縮されたところで、効率化への貢献はささやかなものになるでしょう。90分ぶんの削減と9分ぶんの削減は大きな違いです。仕事のやり方が質的に変化することは、ないように思えます。

むしろ効率化に関する今日的な課題は、「バッチ処理に必要なデータを一つのヌケもモレもなく設定する作業をいかに効率化するか」という点にあることを、ここで指摘しておきたいと思います。

もう一度、バッチ処理の特徴を思い出してください。バッチ処理の特徴は、一度設定されると人間の手を煩わせることはないことです。ここでのキーワードは「設定」という単語です。ここでいう設定作業には、判定式や計算式をあらかじめ設定しておくことだけではなく、入力データを毎回設定する作業も含まれていることにご注意ください。

つまり、バッチ処理を行うためには、処理手順をプログラミングしておくことだけではなく、入力データを、一つのヌケもモレもなく、あらかじめ定められた形式にしたがって、準備しておく必要があるのです。10,000名の社員の中の、たった1人の社員の、たった1日の出勤時刻が空欄なだけで、給与計算のバッチ処理は開始できません。

言うまでもなく、データを準備する作業を行うのは人間です。人間が関与する限り、規模の経済性は発動しません。「給与計算をアウトソーシングしているのだが、業務効率が改善した気がしない」という話をよく聞きます。なぜ業務効率が改善しないのかといえば、それは入力データの設定を、人事部が人手をかけて行っているからです。

給与計算アウトソーサーの役割は、人事部がヌケ・モレなく揃えたデータをバッチ処理することです。タイムカード、身上情報、あるいは税率といった給与計算に影響を与える数多くのパラメータを、一つのヌケもモレもなく取り揃える責任は人事部にまるまる残っています。もとより工数が減る理由はないのです。

バッチ処理に必要な一件一件のデータを取り揃える処理を、トランザクション処理と呼びます。これまでトランザクション処理は人手によって処理するしかありませんでした。しかしインターネットという対話型のツールの出現により、状況は一変しました。トランザクション処理という領域においても、規模の経済性を実現できるようになったのです。

当社が提供するWebワークフロー「ラクラスイオSaaS」は、トランザクション処理の分野において規模の経済性を実現することで、日常人事業務における業務の効率化を実現いたします。効率化を考えるのであれば、バッチ処理だけではなく、トランザクション処理にも目を向けてみてください。